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大阪高等裁判所 昭和55年(く)96号 決定 1980年10月03日

少年 M・R(昭三七・七・一〇生)

主文

原決定を取り消す。

本件を大阪家庭裁判所に差し戻す。

理由

(本件抗告の趣旨)

本件抗告の趣意は、附添人弁護士○○○○及び少年作成の各抗告申立書(附添人弁護士提出の追加書類を含む)に記載のとおりであつて、要するに、少年を中等少年院に送致した原決定の処分は著しく不当である、というのである。

(当裁判所の判断)

そこで記録を調査し、当審の事実取調の結果をも参酌し、次のとおり判断する。

(1)  本件非行の内容

少年の本件非行は、高校生活最後の夏休にガールフレンドと旅行する費用欲しさから、深夜、高層住宅のエレベーター内において、勤め帰りの女性(三二歳)の首を折りたたみ式鉛筆削りを持つた右腕で抱え込み、「何もしないから静かにせい」と脅迫して金員を強取しようとしたが、同女が少年の手を払いのけ非常ボタンを押して助けを求めたためその目的を遂げず、かつ、その際同女に加療一週間を要する右頸部擦過傷及び左示指切創の傷害を負わせたというものである。

もつとも、少年は、附添人弁護士から提出された追加書類において、非行の動機は旅行費を捻出するためにあつたのではなく、当夜やくざ風の男二人に折りたたみ式鉛筆削りを手渡されて女性を恐喝しろと脅迫されたためであると陳述している。しかしながら、少年は、捜査段階において、非行の動機について旅行費欲しさにあつたことを具体的かつ明確に自白しており、この自白には不任意性をうかがわせる点は存在しないばかりか、その内容は、非行に至る客観的行動の推移などからみて自然であり、十分信用するに値するものといわなければならない。また、少年は、原審審判延においても右自白を維持しており、その後これを覆すに至つた理由について述べるところは、甚だ不自然である。こうした点に徴するときは、少年の右陳述はにわかに措信し難い。

(2)  少年の性格ないし行動傾向

少年は、知能的に普通域にあり、性格偏倚といつた固定されたものは認められないが、本件非行の経過をみると、他人への甘えと依存性が強く、自己と他人との関係を客観的、現実的に捉えることができないばかりか、いざ自己に課せられた当面の問題の解決を迫られると思い込んだまま行動する傾向にあることがうかがわれる。すなわち、少年が高校生活最後の夏休にガールフレンドと旅行に行きたいと考えたことには了解可能なものがあるが、金策の問題に直面するや、ただそのことだけを考えて本件のような手段を選び、それが悪いことであるとの認識をもちながらも社会的にどのような評価を受けるものか考えた形跡はまつたくなく、自分がつかまつたり罰を受けるということも視野から脱落しているうえ、女性を脅すのには鉛筆削りで十分であると独断し、相手の抵抗を予想しないで筋書どおり自分の要求が受けられるであろうと期待するなど他人への理解や現実的吟味力に欠けているのは、その現れとみられる。そのことはまた、少年がガールフレンドとのセックスを当り前のことと受け止めたり、今後の方針としてなんらの迷いもなく公務員試験を受験しようと考えているなど日頃の行動に照らしても、十分に看取することができる。

こうした少年の性格ないし行動傾向がどのようにして形成されたものかは必ずしも判然とはしないが、少年のこれまでの生活史に徴すると、両親の甘さに依存し、両親や周囲の人から与えられた方向づけを当然のこととして受け入れ、自分から特に意欲を燃やして立ち向うこともなければ真剣な対人関係を結ぶこともなく、ごく限られた生活環境の中でほぼ無難に成育していることに起因しているものと思われる。

(3)  少年の保護環境

少年の近隣、交友、家庭環境の中には非行性の要因となるものとして顕著なものは見当らないうえ、両親は、少年の保護能力において格別優れているとは見受けられないけれども、そうかといつて特に少年の非行性を助長するようなところはなく、ごく普通の夫婦であるといつて差支えなく、親子関係をみても、真剣な話し合いの場がもたれることはないようであるが、親和的であり、格別の問題が存するとは認められない。

(4)  少年に対する処遇の指針

以上のような諸点を踏まえて少年の処遇を考えてみるのに、少年に対しては、その性格ないし行動傾向に徴し、何よりもまず自分自身の力で物事を処理する体験を積ませることによつて周囲の人や状況を客観的に把握できる能力を養うことが肝要であると思料されるところ、本件非行は、罪質からみた場合、もとより重大であるが、その経過をみる限り、少年はあえて鉛筆削りを使用したり、被害者の血をみてうろたえるなどその意識や行動には罪質にそぐわない幼稚な面があること、少年はこれまで万引により警察で調べられたことがあるが、それ以外には大きな問題行動がないこと、少年の保護環境には特に問題視すべき点がなく、両親が被害者との間に示談を成立させ嘆願書まで得ているのも、少年の保護を案じている証左といえること、少年の本件非行に対する確認には今なお甘さがあるようにも思われるが、逮捕以後の身柄拘束を通じて自己と社会に対する認識を深める契機になり得たと考えられること、少年は今後定時制高校に通いたい意向をもつており、両親もこれを支持していることなどの事情を考慮するときは、少年に対し今直ちに少年院収容を図るよりは社会内処遇により教育を施すことがその保護育成上望ましい措置であると考えられる。

そうしてみると、少年を中等少年院に送致した原決定の処分は著しく不当な場合にあたるといわなければならない。

(結論)

以上のとおり、本件抗告は理由があるので、少年法三三条二項前段を適用し、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 瓦谷末雄 裁判官 香城敏麿 鈴木正義)

〔参考〕少年の抗告申立書

抗告の趣旨

今度の事件は自分がやつたことにまちがいはありませんがほんとうは、自分の意志でやつたのではなく、やらなければ自分の彼女にらんぼうすると人におどかされてやつたのです。自分は不良グループなんかとつきあいもなくシンナー・ボンドなどの悪い遊びもしたことがなく家とか学校などでもまじめに生活していました。そして鑑別所に来たのも今回がはじめてです。それに来年の四月から学校の先生に頼んで転入の手続きをとつてもらい定時制の学校に行つて高校を卒業しておきたいという強い意志をもつています。それにここの少年院でも学びたい職業がありません。ですから少年院に入れるのでしたら来年の四月にまにあうように短期の少年院にしてほしい。でも、できるならば家に帰って今から学校へ行くための勉強がしたい。

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